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よろず日報

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日本工業大学生の粗末な反論!痛すぎる言い分に程度を疑われる!

変な話、おかしな話

11月6日のイベントで5歳の男の子が亡くなった、「TOKYO DESIGN WEEK 2016」。

炎上したオブジェを出展していた日本工業大学には、ネット上で非難の声が集中しています。

そんな中、当校の学生の1人がツイッターに反論を載せました。

その内容は実に稚拙で、到底大学生とは思えない言い草に、益々世論の攻撃を受けています。

 

 

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過失とは言え、未然に防げたはずの事故には、大学側の監督責任が問われています。

そこへまた、心無い学生の暴言が加わり、大学への非難はさらに強さを増すばかりです。

 

 

投稿された学生の反論

 

学生が投稿したツイートは、

 

「火事のことでなんもわからんやつがなんかほざいてるぜ じゃあお前は現場にいて注意できたのかって話だ どうせ騒ぐ奴は後出しじゃんけんよ 所詮ネット民か」

 

だとか、

 

「さすがに白熱電球はえ?って思うが誰も火事になるなんて思わんかっただろうに 同じ大学生なんだから助け合っていこうぜ~」

 

などと言った、反省などは微塵も感じさせない内容でした。

これに対して巷では、怒りにも似た感情が噴出しているようです。

あまりの愚かしさに二の句が継げない人もいるかとは思いますが、強姦事件を起こした慶應大学生にせよ、また集団猥褻行為で捕まった東大生にせよ、内心は同じように後悔の色も無しと言ったところでしょうか。

 

どこをどう間違えば、このような言葉が出てくるのかは分かりませんが、これも日本の誤った教育の成果なのかも知れません。

少なくとも、30年前の学生よりは選択肢も豊かであり、発想次第ではどんな人生をも実現可能であるにもかかわらず、歪曲した思考を持つことで全てを台無しにしています。

おおよそ破綻した反論に、世間からの批判は当分止むことはないでしょう。

 

 

想像力の欠如した学生

 

世界では、Facebook以外にも様々なSNSが開発され、無尽蔵な想像力にはただ感心させられる有様です。

日本でも、ノーベル賞学者は多数輩出していますが、遊び心の溢れるイノベーションともなれば、欧米諸国からは水を開けられている様子です。

諸外国では、想像力に富んだ技術開発が行われているのに、何故か日本は遅れています。

 

勿論、最先端を走る技術は有していても、いずれ取って代わられるのは明らかです。

中国のコンピューター会社、「Lenovo」が、かつての巨人(IBM)を買収し、今や富士通までをも傘下に加えようとするのを見れば、日本の技術がいかに頭打ちであるのかが分かります。

それは、市場の規模を語る以前に、やはり想像力が欠如していると考えるべきなのかも知れません。

 

 

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余談ですが、恋愛をしない若者が増えているのは、単に色恋沙汰に興味を失くしているのではなく、相手に拒否されることへの恐怖がそうさせているのではないのでしょうか(小手先の技術は習得しても、肝心のハートが無ければ鍍金は直ぐに剥がれます)。

要するに、人間が本来持つはずの競争心や闘争心を、この数十年で何処かに置き忘れて来たわけです(そんな若者ばかりではないのですが、あまりにマジョリティーがそうなので)。

想像力とは生き残り(サバイバル)の術であり、少子高齢化も、強いて上げれば想像力の欠如による結末なのかもしれません。

 

そこで、日本工業大学生の愚にもつかない反論ですが、やはり近い未来すら予測出来ない想像力の乏しさを露呈しています。

 

 

終わりに

 

想像力と危機管理能力の欠落が招いた事故は、尊い幼児の命を奪いました。

ただ、可燃物の近くに高温を発する機材を置くことの危険性を考えられれば、決して起こり得ない悲劇でした。

それは、もはや注意喚起以前の話で、オブジェの構想時点で考慮されるべき問題だったのです。

 

巷では、ニュースで使われた文言(後出しジャンケン)が、まるで流行病のように繰り返されていますが、今回の事件に寄せられる非難はそれと同じものではありません。

不必要にして危険極まる行為は、過去にも警告されていた事例であり、もはや常識とされる事柄です。

日本工業大学の学生を名乗るツイートは、およそ付ける薬のないバカ者の戯言でしかありません。

 

おそらく、白熱灯照明を設置したのは1人の学生の判断ではなく、研究会上層部の決定と見て差し支えないはずです。

そもそも、物理を専攻する工業科の学生が、木くずの中に電灯を埋めるといった発想そのものが疑われます。

今回の事故は、遅かれ早かれ起こされていた、ある種の「人災」とも言えるでしょう。

 

日本工業大学生は、事故の当事者如何にかかわらず、自らの言動を今一度省みる必要があります。

未来ある子供の命が絶たれた事実を、もう少し厳粛に受け止めて欲しいものです。

 

 

こんな事故は二度とあってはいけません。季節柄、全ての人に注意が必要です。

yorozunippou.hatenablog.com