よろず日報

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石原さとみの発言に対するナースの反応!ドラマの役でも非難殺到で大炎上!

女優の石原さとみさんの発言が、何やら物議を醸しているようです。

あるテレビ番組での発言が、一部の職業の人達の神経を逆上でしたとして、批判が噴出しています。

あまりにもバカバカしいこの騒動ですが、はっきり言って、もし石原さとみさんが看護師になれば、看護師の社会的地位は今よりも向上するでしょう。

やっかみ半分で起こったこの炎上問題、他人のただの他愛もない願望を、真に受けて苦情をたれる愚かさに呆れます。

 

 

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石原さとみの願望

 

事の発端は、日テレ放送のトーク番組である「しゃべくり007」に、石原さとみさんが出演したことによります。

彼女が司会者の質問に応えたことが、一部の視聴者の反感を買いました。

質問の内容は、彼女が30歳を迎えるに当たってやりたいことは何なのか。

 

石原さんは、やりたいことを逐一詳しくノートに記すのが習慣のようです。

そして、彼女が書いたプランの一つに、看護師になることと記されていたようです。

本当かどうかは分かりませんし、ただの願望かも知れません。

ただ、次に彼女が口走った言葉が、看護職に就く人たちの癪に障ったようです。

 

彼女は、「今も勉強しているんですけど、看護師さんの勉強をしていて、看護師になりたいんです」、「もし干されたら、分からないから……」と言いました。

石原さんほどの女優がよもや干されることなどはないとは思いますが、それでも何が起こるかなどは誰にも分かりません。

石原さとみという女優でさえも一抹の不安を抱えるのが、芸能界という「魍魎の匣」なのでしょう。

 

 

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世間の反応

 

しかし、彼女のこの一言が、世間に思わぬ波紋を呼びました。

この番組での彼女の発言を見知った看護師が、やにわに騒ぎ立てたのです。

そして、時間とともにその声は拡大し、やがて炎上となって噴火しました。

 

「看護師になりたいとか。 看護師なめんな!」


「石原さとみが干されたらなりたい職業に向かってる私達看護学生...」


「どうせ世の中は『石原さとみが看護師になったらめっちゃかわい~』とかなんだろうけどね...看護師からしてみたら『やれるもんならやってみな』って感じだわ。看護師になるまでどんだけの実習とどんだけのレポートとどんだけの涙を流すと思ってんのよ!悔しい!悔しい!あ?もぉなんなの」

 

中にはポジテイブなコメントもあるようですが、大半が以上のような、嫉妬と、バカげたプライドによる攻撃的なコメントでした。

10月5日に放送されたドラマ、「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」で主演する石原さんに対しても、「校閲職をバカにするな!」との意見が寄せられています(彼女は校閲者を演じているだけ。それも監督の指示で)。

まったくもって、低能としか言いようのない世間の捉え方に辟易します。

 

これは女の嫉妬心がそうさせるのか、これほど自身の浅ましさを露呈する言動はありません。

もし、石原さとみが看護師になりたいと言うのなら、それは何をおいても看護職をリスペクトし、看護師に憧れを抱いているに他ならないのです。

彼女も、看護師の役を演じる際にはリサーチをしているでしょうし、その苦労と困難は身をもって感じているはずです。

 

一朝一夕に結ぶ夢ではないことくらい、彼女が一番分かっているでしょう。

しかし、世間の一部の看護師は、微塵の寛容さもなく、彼女の言葉を否定し攻撃したのです。

この余裕の無さは、一体どこから来るのでしょうか?

 

 

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余裕のない社会

 

プロは、アマチュアよりも優れていて当然とされています。

つい先日も、女子アマゴルファーがプロを下すと言った大番狂わせがありましたが、一般的にはアマがプロを超えることはありません。

それが、勝負の世界、真剣な世界に生きる者の慣習です。

 

それ故に、看護師や、医師や、弁護士などのプロフェッショナルと呼ばれる職業には、多大な責任と、権威と、専門性と、寛容さが求められるのです。

そのどれが欠けても、プロと呼ぶには相応しくなく、素人が信頼を置けなくなるわけです

そして、最近の日本社会を見ていると、素人の発言に一々反応する似非プロといえる者達がいかに多いかが分かります。

 

なるほど、間違いは正さなければなりませんが、それ以外ならさして害になるわけでなし、目くじらを立てて反論するようなこともありません。

しかし、いつの頃からか、プロ職の人ばかりではなく日本人全体に、心の余裕がなくなり、ちょっとした発言に対しても蜂の巣を突いたような騒ぎなるのです。

今回の石原さとみさんの発言に対してだけではなくても、何かにつけて他人の揚げ足を取るような風潮が生まれています。

 

 

彼女の場合は思い上がりです。非難されてもおかしくはありません。

yorozunippou.hatenablog.com

 

 

終わりに

 

SNSの普及に伴い、誰もが云いたいことを言える社会になりました。

それとともに、これまで鬱積していた負の感情も解き放たれ、箱の底に残されたのは、「希望」の代わりに「攻撃」となってしまったようです。

わずかネズミが走っただけでも、全弾を撃ち切るまでは攻撃を止めないマシンのように、これまでは映画かアニメの中でしか見られなかったような光景が現実社会に広がっているのです。

 

この光景を、人類以外の何かが遥か遠くから見ることが出来たとして、はたして正常と感じるでしょうか?

石原さとみさんのファンではなくとも、たかがこんなことで非難の的とされるのは、忍びない気がします。

バラエティー番組で言った将来の抱負についてが、ここまで槍玉に上がるとは、誰が想像出来たでしょうか。

 

まったくもって、この異常さには寒気を覚えます。

しかも、この傾向が止むことはなく、今後はますますエスカレートするでしょう。

何処かで気付いて転換しなければ、日本は器の小さな人間ばかりが暮らす、魅力のない国になり果てるかも知れません。

 

不満と嫉妬に病んだ者には、富はもたらされないのです。

どこかの国のように、他国に保証や弁済ばかりを求める民族の巣窟になる前に、心は余裕と寛容さで満たされたいものです。

それが出来るかどうかは、あなたが日頃何を考えているのかにかかっています。

 

思いが現実になるのなら、先ずはその思いを正すことが先決なようです。