よろず日報

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マイケル・ジャクソンはやはり小児性愛者だったのか?元主治医が明かす5年越しの秘密!

マイケル・ジャクソンさんが亡くなってから、既に7年が過ぎました。

マドンナをしてキングオブポップスと呼ばしめたマイケルは、当時彼の治療を行っていた主治医が処方した睡眠薬によって、帰らぬ人となりました。

2009年に他界してからも、事ある毎に紙面を飾るマイケルですが、今は忘れ形見の三人が話題の的になっています。

 

ゴシップはセレブの人気のバロメーターとは言え、晒されなくてもいい家庭事情やプライバシーはいくらでもあります。

そんな、マイケルの恥部を描いた暴露本を、この程彼の元主治医が書きました。

 

 

 

 

マイケルはどうして亡くなったのか?

 

当時は、あまりの急な逝去に、暗殺説まで浮上しました。

世界中のファンが悲しみに暮れる一方で、マスコミは連日の報道に歓喜しました。

なぜなら、常々スキャンダルの渦中にあったマイケル・ジャクソンの、最も金を生むネタだったからです。

 

確かに、亡くなる数年前は奇行も激しく、代理母による出産で子供を授かった頃からは、とても普通の精神状態ではなかったようです。

少なからず、黒人であることのコンプレックスに悩まされていたようで、華やかな成功とは裏腹に、暗い私生活と性癖が取り沙汰されていました。

そして、自宅であるネバーランドが、その膨大な管理費により私生活を圧迫し、2008年には民間企業に譲渡されています。

 

さらには、小児性愛者としてのスキャンダルが浮上し、金欲しさに事件をでっち上げた歯科医によって訴訟が起こされました。

この事件は、イギリスのゴシップ誌に記事を投稿していた記者による捏造が発端でした。

その後、人種差別者である原告の弁護士と、同じく人種差別主義者の検察によって刑事捜査が行われました。

 

これにより精神を病んだマイケルは、ワールドツアーを中断せざる得なくなりました。

もっとも、以前負った火傷の治療に服用していた鎮痛剤で薬物依存でもあったことから、芸能活動を続けられる状態ではなかったのかもしれません。

いずれにせよ、この事件から、彼のスターとしての地盤が崩れ始めたのです。

 

以降、極度の精神不安により、睡眠薬無しでは眠ることができなくなったマイケル。

そして、2009年6月25日、彼の主治医によってある睡眠薬が処方されたのです。

それはプロポフォールト呼ばれる麻酔薬で、使い方の非常に繊細な薬品です。

 

これを点滴されたマイケルは、その後心肺停止状態で発見され、救命処置も虚しく帰らぬ人となりました。

 

 

マイケルを取り囲む様々な陰謀

 

建国後200年が経った今でも、アメリカは人種差別のるつぼです。

白人警官による黒人の殺害事件は、年々その数を増やしています。

オバマ氏が大統領に就任してからは、その傾向がこれまで以上に顕著です。

 

しかし、マイケルがスターダムにのし上がった当時は、黒人差別は今以上に過酷でした。

 

マイケルの周りで働く人は、何故か金に困った人が多く、警備員も、家政婦も、それに一番近しい存在であるダンサーや振付師に至るまで、彼を貶めようとする人で溢れていました。

ご存知の通り、アメリカは訴訟で成り立つ国で、「石を投げれば弁護士に当たる」と言われるほどに、ほんの小さな問題でもすぐに弁護士を雇います。

弁護士のほとんどは守銭奴で、私腹を肥やすことしか頭にはありません。

 

そんな彼らにとって、ハリウッドスターは涎が出るほどの獲物です。

ことマイケル・ジャクソンのスキャンダルには、それこそ手ぐすねを引いて対処しました。

しかも、白人がその多くを占める弁護士は、黒人であるマイケルをまるで目の敵のように扱い、出来る限りの金を搾り取ろうとしたのです。

 

マイケルにとっては、家族でさえも味方とは言えず、妹のラトーヤなどは長い間絶縁状態でした。

父親との確執も深く、幼少時に虐待された彼は、最後まで父親を許さずに逝きました。

彼を擁護する人達も、所詮は金で繋がった一時的な雇用者に過ぎなかったようです。

 

孤独なマイケルは、そんな金の亡者の標的であり、陰謀の犠牲者でしかなかったのです。

 

 

 

 

 

再び燃焼する小児性愛者疑惑

 

マイケルが亡くなった当時、彼の主治医はコンラッド・マレー(Conrad Murray)氏でした。

劇薬であるプロポフォールを与えたとされる医者で、2011年には4年の懲役が言い渡され、2013年に釈放されました。

その彼が、今またマイケルが小児性愛者であったかのような暴露本を出版しています。

 

マイケルが愛したのは、映画「小さな恋のメロディー」で主演だったマーク・レスター(Mark Lester)さんの娘、ハリエット(Harriet)ちゃんでした。

彼女は当時12歳だったので、彼女との結婚を考えていたマイケルは、父親であるマークさんに真剣に交渉する気だったそうです(2009年のコンサート、"This is it."の最中でした)。

マークさんはこの事実を否定しており、ハリエットちゃんとマイケルはただの良い友達だったと話しています。

 

しかし、マレー医師の暴露はそれだけには収まらず、マイケルはあの「ハリー・ポッター」の主演女優である、エマ・ワトソン(Emma Watson)さんとも結婚するつもりだったと書いています。

マイケルのL.A.の自宅には、等身大のワトソンさんの写真パネルまであったそうです。

他にも秘密の遊び場があり、そこはおもちゃやゲームでいっぱいで、ベッドやお風呂までが備わっていたそうです。

 

ただし、マイケルが子供にとって悪影響を与えるような人物ではなかったとも記述していて、必ずしも小児性愛者であたっとは語っていません。

マイケルは女性のヌードに異常なまでの興味を示し、マレー氏を伴ってストリップにも行こうとしました。

ただ、発覚する可能性が高かったので、お忍びでホテルを予約し、そこにストリッパーを呼んでいたそうです。

 

本の題名は、"This Is It: Laying Bare Grim Details From the King of Pop's Life"で、まだ翻訳はされていませんが、この本の中で彼は自身が無実であったことも訴えています。

 

 

終わりに

 

ここからは、私の憶測でしかありません。

 

しかしながら、マレー氏がスケープゴートに仕立て上げられたのは、おそらく事実でしょう。

ジャクソン・ファミリーの中から声が上がり(ジャネットが半狂乱で訴えたから?)、金と権力に物を言わせて一番無力な人間を犯人に据えたのです。

マレー氏がこの本を書いたのは、単に家族への報復でしょう。

 

ネットでは賛否両論が巻き起こり、マレー氏の周囲は決して穏やかではありません。

殺害予告をされるなど、依然として狂信的なファンは彼を憎んでいるようです。

マイケルの奇行は多くの人が知る事実ですが、今でも彼のガーディアンは健在です。

 

児童虐待はなかったにせよ、一般的ではない趣味の持ち主ではあったようです。

ただし、それも今となっては全て闇の中であり、証明しようにも方法はありません。

捏造された証拠も少なくはなく、それをもってマイケルを悪くいう人もいます。

 

さて、いずれが真実かは分かりませんが、亡くなってもなお世間を騒がせるとは、さすがはマイケル・ジャクソンです。

近々、ニューアルバムでもリリースされるのかもしれませんね。

ひょっとすると、まだ生きているのかもしれません。

 

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